■生まれ故郷の今は…
久しぶりに降り立った駅前の光景を見てとても懐かしく思いました。そこには昔のまま変わらない建物と最近出来たであろう新しい建物が少しだけ混在していました。そしてそれら建物のほとんどは古いものばかりで、私が学生時代を過ごした頃のまま、修繕された形跡がありません。駅前の町全体が寂れてしまった印象は否めないと感じました。これが過疎化が進行している町の現状といったところでしょうか。廃れた景色を見ていると悲しい気持ちになってきます。実家を出て上京し新しい土地で家族を作り幸せに生活している私にとっては、生まれ故郷を捨ててしまった罪悪感のようなものを少なからず感じてしまいます。またそんな気持ちと同時に思うのは、この地にとどまって生活をしている同級生たちへの尊敬の念です。人にはそれぞれ目指すところがあり、様々な家庭事情もあるとは思いますが、田舎の地で輝きを放ち頑張っている仲間たちにはやはり尊敬の気持ちしかありません。
■病床の兄の姿に泣き崩れた
兄が入院した総合病院は地域でも一番大きくて駅から比較的近い距離にありますので、タクシーなどは使うまでもなく徒歩で向うことにしました。私は歩きながら兄の容態を想像していました。「きっと大したことはないだろう」そう信じながら病院の正面玄関を抜け、あらかじめ聞いていた病室へと向かいました。病室に入ると 義姉(兄嫁)とその親戚が2人ほど付き添っていました。そこに父と母はいませんでした。高齢ですから家に残り近所の親戚に面倒を見てもらっているのだそうです。実姉は長期滞在を念頭において埼玉から自家用車で向かっている最中だそうで、まだこちらに到着はしていません。そして私はついに兄のいる病室の前に立ちノックして入りました。兄の姿を見て私は一瞬絶句してしまいました。兄の顔は何か変形したように見えます。何かしゃべっているようだけれど全く言葉にならず、動物が鳴いているような声を発しています。昔よく遊びに連れって行ってもらった明るい兄とは全くの別人になっていたのです。私は思わず駆け寄り寝ている兄の体に覆いかぶさり「どうしてこんなことになったんだよ!」と大泣きしてしまいました。そんな私の行動に兄の方がびっくりしたのか、そばにあった画用紙にマジックで何か字を書いてくれました。しゃべることはできないけど字を書くことはできるようでした。そこには「俺は死ぬのか?」と何とか読める字で書かれていました。私は思わず「そんなことあるわけないだろ!」そう叫んでいました。それから兄はまた画用紙に字を書き始めました。「お父ちゃんは大丈か?」・・・と。 自分が大変な状態にあるにもかかわらず、認知症の父親のことを心配しているのです。その言葉に義姉(兄嫁)と親戚の2人も涙していました。「お父ちゃんはみんなで面倒見てるから大丈夫だから!」私はそう兄に話すと少し安心したように落ち着いてくれました。いつもの包容力のある兄らしい心遣いは私には痛々しく感じてしまいました。
■今後のことを考える
私が病院に到着した日から一夜明けた翌日のことです。実姉も前日の夜に到着して一緒に実家へ泊っていました。義姉(兄嫁)はずっと兄に付き添って病院に泊まっています。年老いた父と母は精神的にまいっているため実家のリビングに二人ともふさぎ込んでいる状態です。兄がお店の経営や両親の面倒、妻(義姉)の心のよりどころとなる存在でしたからさぞショックだったことでしょう。兄の病名については義姉から事前に聞いていました。脳幹出血であり脳の奥深い真ん中あたりで出血しているということでした。また担当医が言うにはとてもデリケートな箇所での出血なため手術は難しくてできないということでした。。。 入院した総合病院は経験の浅い医師が多く、町民の間では「〇〇病院は年寄りが医者の実験台になっている」などとの噂が広がっていました。そんな偏見もあり、当初から打つ手がないという医師の言葉に実姉は病院が信用できず、朝から知人である埼玉の医師やあちらこちらに電話をかけては相談を持ち掛けていました。この行動が後に担当医との関係を悪化させました。しばらくすると義姉から携帯に電話があり担当医が今後の治療について家族と相談したいので急いで病院に来てほしいという内容でした。私はすぐに病院へ向かうことを返答して電話を切り、実姉にも早く病院へ行こうと伝えました。実家から病院へは急げば車で5,6分で着く距離です。しかし実姉はずっと長電話をしていて病院へ向かう気がありません。早く病院へ行こうと何度も誘う私。まだ行くのは待ってほしいという実姉。義姉には急いで病院に向かうと返答した私は次第に焦り始めました。早く来ないことにいら立つ義姉と担当医。私は実姉に早く病院へ行こうと強い口調で言います。実姉はまだあちこちに電話をかけて動こうとしません。連絡受けてから30~40分も経ったでしょうか、義姉(兄嫁)から泣き叫ぶ声で「早く来て!」と携帯にかかってきました。そこでやっと重い腰を上げた実姉と病院に向かい担当医師と面会することになりました。。。開口一番医師から大説教を受けます。担当医師からは「なぜすぐに来てくれないのですか?私たち医師も何とか助けたい気持ちで治療方法を考え一分一秒を争っています。そのために急いでご判断いただきたいのです。もっと私たちを信用してほしいです。」と真剣に諭され、実姉も私も「申し訳ありません」と、ただただ頭を下げて医師の指示に従いました。。。。。治療方法はやはり手術ができないため薬での治療となりました。当時の詳しいことはあまり覚えていないのですが、出血は止まっているためそれで様子を見て。。だったと思います。
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